嵐の活動停止と中村憲剛の現役引退に考える同世代のフィナーレ

嫁氏が嵐のファンということもあって、年末は嵐の特番を見る機会が多かった。嵐といえば説明不要の国民的アイドルグループで、多くのファンが今回の活動停止を惜しんだ(最後まで仲良さそうにしているところを見ると、SMAPもこういう形で終わりにできなかっただろうかと考えてしまう)。

当然ながら最後の「This is 嵐」も嫁氏と一緒に視聴した。涙こそ出なかったものの、嵐5人からのメッセージには込み上げてくるものがあり、私ですら名残惜しくなってしまった。本当にお疲れ様。

翌日の元旦。新国立競技場で第100回目の天皇杯全日本サッカー選手権大会が行われ、川崎フロンターレとガンバ大阪が対戦。中村憲剛にとっては現役最後の試合が天皇杯決勝で第100回目という最高の舞台が整った。試合は前半から川崎が攻め込むもガンバの守備を崩せずに試合を折り返す。後半に三笘薫が決めたゴールを最後まで守りきり、見事に1−0で勝利して悲願の天皇杯初優勝を果たした。最大の注目だった中村憲剛は、試合終盤にガンバが攻勢を強めてきたこともあって出番なく終わった。早い段階で2−0になっていればあっただろうけど、それは結果論。

中村憲剛自身が言っていたように最高に幸せなサッカー選手で間違いないだろう。選手の多くは徐々に出番を減らし、別のチームに移るか引退を迫られるが、中村憲剛の場合は最後まで戦力だった。恐らく本人が望めば来季もその先も川崎は契約を更新していただろう。40歳という年齢にも関わらず、惜しまれながら引退。しかも生涯1チームのみ。愛されない訳でないのだ。セカンドキャリアをどう生きるのか分からないが、これからも追っていきたい選手である。

同世代スターが去った

嵐と中村憲剛は同世代。たまたまかもしれないが、同時期に第一線を退くことが名残惜しい。「お疲れ様」「ありがとう」もあるが、同世代のスターが表舞台を去っていくところを見ると、私の世代はそういう時なんだなと感じてしまう。ここが去り際なのだろう。継続してきたからこそのフィナーレ時の名残惜しさ。私には無縁なことだ。

自身を振り返ると“継続”という言葉とは掛け離れた人生で、よくここまで生き延びたなと思う。これもひとえに運が良かったということか。どんなピンチを迎えても、その前の行動が後の自分を助けてきた。やはり平凡な日々だろうが、何らかの種蒔きは必要だなと感じている。分かりやすいところでは業務委託案件の応募やiDeCoなどの資産運用など。地味ではあるが、その地味さの積み重ねが大きくなって返ってくることを何度も経験してきた。

私は嵐や中村憲剛のような人生は生きられない。ならば目指すべきは誰かに褒めて貰ったり、名残惜しさを感じさせるよりも身近な人に迷惑をかけないよう生きていくことだろう。

ということで、誰かを妬まず比べず、今年一年も自身なりの良い一年にしていければと考えている。コロナの影響は当面続くし、仕事も分からないけど、不確かさを楽しめるぐらいのゆとりは持ち続けたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。