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高卒フリーターで逃げ癖あるダメ人間が年収600万円を超えるまで

投稿日:3月 21, 2019 更新日:

私は高卒フリーターを選択したこともあり、20歳手前からしくじり人生を送ってきました。

ダメダメ人生ですが、常に働き方や稼ぐ戦略をトライアンドエラーし、現在はどうにか年収600万円超えを果たしてます。高収入者が見れば「え?600万円で?ウケるwww」なんて言われそうですが、高卒フリーターだと600万円到達までも大変なのです。

高校卒業後から振り返っていきますので、最後までお付き合いください。

高卒フリーターのダメ人間が年収600万円を超えるまでの軌跡

2000年:高校卒業後の進路は未定

高校生の頃は全く勉強しなかったので、担任からは「君は専門学校か就職するかだな」と言われました。しかし、当時は無気力で何もしたくなかったので【進路未定】で卒業しました。人生最初の逃げです。ここから堕落生活のはじまりはじまり~

卒業後の半年は酷かったです。前日寝るのが遅いので起床は11時頃、家にあるパンを食べてプレステで遊び、飽きたらコンビニに行って週刊誌の立ち読みをしてました。

腐った生活は自分でも「マズイな・・・」とは思ってましたが、堕落した中にいると「よし!頑張ろう!」とはならないのです。親も忠告してこなかったので、存分にぬるま湯に浸かってしまいました。

 

2000年7月:アルバイト開始

夏を迎える頃に貯金が1,000円に。誤字ではありませんよ!本当に1,000円でした。友達と遊ぶ金もなくなり、遂に動くことを決意します。

とはいえ、スキルもやる気もない人材が若さだけで正社員になれる程甘くはありません。そこで、長期で働けるアルバイト先を見つけ、そこから就職先を模索することにしました。

最初に受かったアルバイト先は携帯ショップ。6日間本社と店舗で研修を受け、その後配属先が決まるという流れでした。しかし、店舗研修2日目のお昼休み中に「辞めたいな」となり、会社に連絡して帰りました。

次に見つけたのがパチンコ店のオープニングスタッフ。3日間の研修を受け、実際に店舗に入ってロールプレイングする前に貰った制服を見て、、、「辞めたい」となり、翌日辞めました。

ここでもダメ人間丸出しですが、1つ気付いたのです。

ワイ
人前に出るのが苦手!!!

あがり症、うまく話せない、話すのが面倒…。嫌で仕方がない接客に就いても続かないだろうと考え、以降の活動から“接客業”という選択肢を外しました。

次に見つけたのが印刷会社。怖い人や変な人が多くて不良高校に来たような気持ちになりましたが、地味な仕事は向いてました。一ヶ月もする頃には会社にも仕事にも慣れ、初めて給料らしい給料を頂くこともできたのです。

稼いだ金額は時給750円×8時間×22日=13万円前後に、残業代や繁忙期の休日出勤などが重なり、15万円程を手に入れることができました。

そんな生活を1年と少し経験した頃、今度はこんな感情が芽生えてきます。

ワイ
もっと稼ぎたい

アルバイト生活では先がないことや印刷業界の不透明な未来もあり、いよいよ就職活動を開始します。

大学生が社会に出る1年前の春、21歳でした。

 

2003年:初の正社員

面接は当然苦戦しました。何しろアルバイトしかしてないので、強みやアピールは弱く、そもそもきちんとした面接経験も初。ただ、めげずにチャンレンジし、何とかサプリメントを扱う通販会社に就職を決めます。

Photo by Elliot L'Angelier on Unsplash

ようやく社会人になれるんだと実感しました。

しかし、現実は結構しんどかったです。まずは上司。とにかく怖い。些細なミスでも激怒し、その度に会議室に呼ばれて再発防止策の提示をしなければならず、先に帰る(例え23時でも)と睨まれました。

次に業務量。業界内ではベスト5には入る人気店でしたので受注量が恐ろしく、とにかく仕事が終わりません。土日開けの月曜なんて注文処理だけで夜中まで仕事・・・なんてことも。

それでも辞めなかったのは高卒後に送ったクソ生活の影響です。あんな生活に戻れない、戻りたくないという気持ちが、自分自身を支えてくれました。

耐えていたら在籍5年目を迎えてました。26歳です。この時期、嫁となる彼女にも出会えました。給与も手取で25万円まで到達し、ようやく年収300万円台に。

誰が見ても普通のサラリーマン生活ですね。しかし、今度はこんな感情が芽生えてきます。

ワイ
楽したい

上手く立ち回ってきましたが、朝から晩まで働く生活に心も体も限界がきてしまいました。嘘です。飽きました。どうでもいい朝礼、上司のゴマすりしかしない社員、22時から始まる会議、興味のない商品…その全てがどうでも良くなってしまったのです。

とはいえ、直ぐに別の会社で働きたいとも思わず、無職も避けたいので職業訓練に行くことを決意しました。

27歳の春です。

職業訓練とは、学生でいる間は失業保険を貰い続けることができる素晴らしい制度

 

2009年:職業訓練校入学

Photo by Feliphe Schiarolli on Unsplash

私が通ったのはコンピュータ制御の1年コース。似たようなコースで2年もありましたが、2年は長いかな?となり、1年コースに。

なお、通っていた当時に支給されたのは、基本手当(失業保険と同額)、受講手当(私が通っていた当時は1日500)、通所手当(定期代)の合計約18万円程。

詳しくはこちら。

授業を受けて月15万円以上貰える?あまり知られていない職業訓練について|失業保険・試験・学校生活・進路

以前書いたこちらの記事 27歳の頃、一年間職業訓練に通ってました。何かを学びたいというよりも「金の心配しない暮らしを送りたい」という長年のゲスい願望を叶えるためでしたが、振り返ると行って良かったなと思 ...

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朝は少し早めですが16時過ぎに学校を出る毎日で、久々にゆとりある生活を送ることができました。

また、14日間も夏休みがあります。高卒で入学した人は短いと感じたようですが、一度でも社会に出た人にとっては至福の時間ですね。

となると、、、当然勉強はしません。毎月振り込まれる金額はサラリーマン時代に比べて減りましたが、お金を使わない生活になったことで無駄な出費も減り、金銭的に問題ない暮らしを送ってました。

そして冬休みを迎える頃、少しずつ就職先が決まった人達が辞めていき、徐々に焦ってきます。正直なところ、これなら2年コースにしておけばと思いました。

職業訓練でも高校の時同様に勉強してなかったので、授業内容はさっぱり。なので、就職先は経験ある通販関連に絞り、何とか卒業間近の3月に就職先を決めることができました。

 

2010年:金欠の始まり

彼女(現嫁)と職業訓練が終わって再就職したら同棲する予定でしが、簡単に事は進みません。

Photo by Imelda on Unsplash

ある日の朝、父が家のトイレで倒れます。直ぐに救急車を呼び病院に直行して検査を受けました。どうやら様々なストレスから胃潰瘍になったのです。

元気だった父が・・・よりも気になったのが入院費用。家にはお金がないいことが分かっていたので、私個人の貯金を切り崩しました。当時同棲に向けてお金を貯めていたので痛い出費ですが、今まで家族に何もしてこなかったので当然ですね。

父は2週間程で退院し、その後私の同棲生活がスタートしますが、ここから金欠生活の始まりです。

お金がない!

彼女との同棲が開始しました。当時の給料は20万円程で、家賃6.3万円、定期代1.5万円、水光熱費で2万、携帯代1万、保険代1.5万、ネット代5千円で、毎月使えるお金は約7万円。食費や日用品は、外食費除き彼女にお願いしてました。

決して困るような状況ではないのですが、実家暮らし時代と変わらぬ散布を続けた結果・・・

ワイ
自由に使える金少ねえ・・・

となってしまいます。父の入院費用で貯金もほぼなく、1万円以上する買い物はリボ払いする癖がつきました。リボ払いってダメですね。どんどん膨らんできてしまいます。最初は月5千円程だったのが、次第に2万、3万と増えていきました。

お金がないので、欲しいものがあるとリボ払いを利用するようになっていきました。リボ払いは便利ですが、借金しているのと変わりません。

この悪循環を抜け出すため、リボ払いの停止&転職して給料を上げることに。

まず、リボ払いの停止については、リボ払いを止めてボーナスも使って残額の返済を短期間でしました。そして転職。通販会社に限界を感じ、もっと広く活躍できる場所への転職を考えます。そして、タイミングよく通販も行っているマーケティング会社へ転職することに成功しました。

33歳の冬です。

 

2014年:スタートライン

マーケティング会社の転職は大成功でした。面白い案件が舞い込み、新たな知見や発見があり、充実した日々送ることが出来たのです。恥ずかしながら、仕事をして「楽しいな」と思えるようになったのは人生初。他の人なら20代で立つだろうスタートラインに、30歳過ぎてようやく立てることができました。

Photo by Cupcake Media on Unsplash

マーケティング会社での給料は手取で35万円。悪くありませんよね。ただ、妻に30万を給料日に振り込む約束で、残り5万円がお小遣いです。この5万円から定期代やスマホ代を引くと、友人との食事でさえ「飲み代くださいな」と懇願せねばならず、これはこれでストレスでした。人ってワガママですね。

すると、今度はこんな感情が芽生えてきます。

ワイ
もっと稼ぎたい!

ただ、私のスキルでは現状でも十分高待遇なことは痛いほど分かってました。また、数ある応募者の中から私を採用してくれた社長にも恩があったので、離れたいとも思いませんでした。そこで、代表も実践している兼業という考えに辿り着きます。(社長は別の会社の社長なので規模は違いますが)

兼業している社長なら分かってくれるだろうと、減給(35万円→25万円)を提示して提案したところ、快くOKしてくれました。

 

2016年:兼業生活開始

転職サイトやコンサルティングサービスの力を借り、週3日(2日はフル勤務、2日は半日)で25万円の案件を獲得することができました。業務内容は不動産会社のWebマーケティングです。これで本業と合わせて手取は約50万円。遂に年収600万円突破したのです。既に36歳となってました。

高収入の方に比べれば「600万円程度でワロタwww」と言われそうですが、こちとらスタートが大幅に遅れたので勘弁してくださいとしか言えません。なお、2019年の現在も維持できており、ようやく安定期に突入した実感が湧いてきました。

 

まとめ

業務委託先はいつ契約を切られても文句は言えず、現在の収入がいつまで続くかは分かりません。ただ、それは会社員でも同様ですよね。その時はその時です。嫁にはブーブー言われそうですが。

高卒以降のダメダメ生活を送ってきた影響で、多少のことでは動じなくなったのはプラスと捉えています。もし、私と同じように「自分はダメ人間」と思っている方がいたら、そのダメさを無理に改善しようとせず、プラスになるよう行動していきましょう。

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