ホームレスと紙一重なのかもしれない

祝日の大江戸線は、昨年の緊急事態宣言時よりは人がいた気がする。どこも直ぐに従業員を楽させる余裕はないということか。

少し早めに最寄り駅につき、いつもの公園を通ると寒空の下ホームレスの中年が寒さを必死に堪えている様子で佇んでいた。東京でも昨年12月中旬頃から寒い日が多く、今朝の寒さによってブーツの購入を検討するほどだ。ホームレスの方ならそれ以上に寒いと感じていることだろう。気の毒だなと考えながら、別のことも頭に浮かんだので備忘録として残しておく。

ホームレスと紙一重なのかもしれない

以前はホームレスのことを「自業自得」のみで考えていたが、コロナの影響で職を失った人、時代の流れに乗り切れなかった人?など、ホームレス歴が短そうな人まで路上生活している風景を目にするが、少し何かが違えば、自分があの場にいてもおかしくないなと考えるようになった。遠いと思っていたホームレスは決して遠くなく、非常に紙一重の差なのかもしれない。

積み重ねていくのは慎重だが、崩れる時は一瞬だ。“クビ”と言われて次の職場が見つからず、家賃を払っていくのも限度が発生した時、取るべき手段は友人か実家を頼ることになるだろうが、歳を取れば『ごめん、仕事なくなったから一週間だけ泊めてくれない!?』というリクエストを通してくれる友人などいなくて当然で、残すは実家のみ。その実家さえ頼れなければ、残すは路上という現実だ。一度路上生活を送るようになれば這い上がるのは難しく、中年以降は絶望しか待っていない。国に頼る行動力と図々しさがあれば何とかなるかもだけど。

このままならホームレス?

直ぐにホームレスになるということはない。失業したら家賃の低い家に引っ越しする必要はあるけれど、家族を路頭に迷わせない行動を取るだろうし、最低私か嫁氏の実家という最終手段もなくはない。頼りたくはないけど。ただ、最悪のケースということは想定しておくべきで、楽観過ぎると問題発生時に何もできなくなることだってある。ならば、今のうちにあぐらをかくことなく、会社の行く末とは関係なく、個人でできることを日々していくしかないという、いつもの結論にたどり着く。

不思議な感覚だけど、ホームレスの方々を見ておいてよかったと思う。彼らは決して遠い存在ではなく、何も策を持たずに流された未来の私自身だ。変化する時代の中で取り残された名もなき人。その人になるのか、今の暮らし前後を送れるかどうかは自分次第である。

コロナ禍での稼ぎ方

  • 無闇に転職せずに副業を始める(当たるかどうかよりも時間か成果物で得られる形)
  • 支払う税金を可能な限り少なくする
  • オンラインツールをフル活用
  • 無駄なネットサーフィンを避けて学びに変えていく

コロナどうとかではないが、国に頼り過ぎて損する人間にはなりたくないなと。

年々一年の早さが加速していく中年にとって、40代は今まで広げてきた枝(スキルや人脈)を強化する時。何とか生きていけるように頑張ろう。ということで、今週どこかのタイミングでメンズエステに行ってくる(おい)。

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