終わりが分かると切なくなるのは年齢のせい? #としまえんありがとう

としまえんが閉園するニュースを見てから今日8月31日まであっという間だった。

今年はコロナの影響もあって世間は外出自粛傾向にあるが、としまえんには関係ない。

夏を除くと犬連れもOKだったことから、我が家も年に一度は足を運んでいた遊園地だった。

なので、閉園のニュースを知った時は切ない感情が押し寄せてきた。

最近だけではない。

幼少期に両親が連れて行ってくれた初めての遊園地がとしまえんで、中〜高校6年間、社会人になってもプールで訪れていた。

生活の中心にはなかったものの、頭の片隅にはあったとしまえんの閉園。

閉園理由は様々だろうし、仕方がない部分はどうしてもあるが、自身も老いてきたせいか、「リニューアル」という言葉に対しての喜びは少ない。

最近だと国立競技場も取り壊すことが決定した時、切ない感情が押し寄せてきた。

終わりが分かると切なくなるのは年齢のせいだろうか。

国立競技場もとしまえんも「楽しい気分」でその場にいたから余計にそう考えてしまうのかも。

場所と風景+思い出だ。

なので、国立競技場が新しくなろうが、としまえんの跡地にハリーポッターのテーマパークが来ようが心踊らないのかもしれない。

ただ、時代は進むし、変化はあって当然。

終わりがあるから、過去を思い出したり懐かしんだりすることが出来ると考えれば、としまえんは最後まで立派だった。

閉園を惜しむ声の多さこそ、としまえんを想う数だ。

 

最後に昨年末のイルミネーション時に訪問した時の画像をアップしておきます。

これが最後になるとは思わなかった。

としまえん94年間お疲れ様でした。

そして、様々な思い出をありがとう。

#としまえんありがとう